なぜ、苗木事業が
必要なのか
日本のワイン産業、ワインブドウ産業を持続可能なものにするためには、多様で健全な苗木を安定的に供給する仕組みづくりが必要です。
ここではその理由を詳しく説明していきます。
1世界のワイン事情の変化
世界のワイン事情は大きな変化を遂げつつあり、それに伴い、ワイン造りそのもの、ひいてはワインブドウ栽培も多大な影響を受けています。
指摘すべき変化は以下の通りです。

1.気候変動
気候変動は、ワインブドウの栽培そのものへの影響が大きく、各地で深刻な問題が生じています。2025年1月に世界気象機関(WMO)、2024年の年間平均気温が産業革命前の水準より1.5℃以上高くなったと発表しました。一般社団法人日本ワインブドウ栽培協会(Japan Vineyard Association 以下JVA)がアメダスのデータで調べた、48年間の平均気温の変化でもほとんどの地域で気温の上昇傾向が続いています*。また気温の上昇だけでなく、ゲリラ豪雨、猛暑など極端な気象現象も頻繁に起きるようになり、時には甚大な被害をもたらしています。
各国の研究者たちは、一連の気候変動や温暖化により、ワインが過塾気味な味わいになること、ワイン産地の移動や消失を指摘*しています。また、スペインの代表的なワイン生産者であるミゲル・トーレスは、気温上昇によるブドウの萌芽の早まりによる遅霜のリスクの上昇、霜害の増加、加えてブドウの糖度の上昇や酸度の減少で、出来上がるワインのアルコール度数が高くなり、味わいのバランスが悪くなると警鐘を鳴らしています。
日本でも、ヨーロッパ系品種の中では比較的栽培がしやすかった、シャルドネやメルロの栽培が難しくなってきています。新たな品種への取り組みが必要になってきています。
*グレゴリー・ジョーンズ : オレゴンのリンフィールド大学( G.Jonesら. 2006)
ワインの味わいの変化: 過熟気味の味わい
*イグナシオ・モラレス=カスティーラらの研究:ブリティッシュ・コロンビア大学の国際研究チーム (Morales-Casutillaら.2020)
2℃の上昇 56%のワイン産地の消失
*ガビ・モカッタら:タスマニア大学 (G.Mocattaら. 2020)
71の産地が変わる →タスマニアはシラーの産地へ

2.SDGsへの流れ
気候変動と同様に影響が大きいのがSDGsへの流れです。特にヨーロッパでは、欧州連合(EU)のグリーンディール政策の下のFarm to Fork戦略で、2030年までに化学農薬を半減し、全農地の面積の25%を有機栽培に転換するという目標が掲げられています。一方、日本でも、みどりの食料システム戦略で50年までではあるものの、EUと同じ目標を掲げています。

3.食やワインの嗜好の変化
かつて飲み手や生産者の関心は、フランスが原産国であるシャルドネ、メルロ、カベルネ・ソーヴィニヨンといった国際品種にばかりに向きがちでした。しかし代表的な世界のワイン消費国では、こうしたワインの嗜好にも変化が生まれています。フランスでも世界的に有名なボルドー地方やブルゴーニュ地方以外が原産のサヴァニャンといったマイナー品種、アルバリーニョやグリューナー・フェルトリーナーといったフランス以外の国の品種、さらにはつい最近まではほとんど無名だったアシリティコといったギリシヤの品種が少しずつ注目されるようになっています。
背景には、世界全体の食の変化が指摘できます。バターやクリームを多様した料理よりも、よりライトな食事を楽しむ傾向、また肉料理を避ける傾向が伝統的なワイン消費国で生まれています。
日本では今でもシャルドネ、メルロが人気なのは間違いありませんが、近年、上記のようなマイナー品種に取り組む生産者も出てきています。
1から3のような状況に対応するには、日本全国に点在するワイン生産者やブドウ生産者たちが、前に挙げた品種の苗木が入手できるような環境作りが必要です。つまり、これらの品種の中には、まだ日本には存在していないものも数多くあります。
2ウイルスチェック済みの苗の供給の必要性

苗木事業が大切な理由は、他にもあります。今まで記してきたように、日本のワイン産業において、品種やクローンの多様性も重要ですが、苗木を供給することも大切ですが、その苗木がウイルスなどに感染していない、健全なものであることも同じくらい重要です。ブドウ栽培は1年で終わるものではなく、何年も続いていくものだからです。
ウイルスは罹ってしまっても、土地や品種によって症状の出方が異なります。10年後に突如深刻な症状に陥ってしまう場合もあるようです。ワイン用ブドウにとって深刻な症状を引き起こすのが、リーフロールタイプ3というウイルスに引き起こされる病症です。このウイルスに罹ると、名前の通り、葉っぱは丸まって、葉っぱが赤くなったりします。
それだけではなく、糖度は上昇せず、酸は高くなり、着色不良の症状を呈し、そして収穫量も減少します。初めに植える苗木がウイルスなどに感染していると、その先、何年もブドウ栽培を続けていくことが困難になってしまいます。現在は、ウイルスチェックをすることなく、穂木に使う枝のやり取りがされることも多いようです。また、出所も明らかにされていない枝でつくられた苗が広まっているのが現状です。日本ワイン産業にもたらす被害は今後計り知れなくなっていくことが懸念されます。
だからこそ、こうした多種多様な品種の穂木を輸入して、それらを母樹として苗木を生産し、ワインやブドウの生産者にその苗木を供給できるサプライチェーンの構築するという苗木事業が重要なのです。この事業が推進されることが、日本における適地適作を進めて、ワインブドウの栽培環境の最適化、ひいては日本ワイン産業の発展につながっていくのです。ちなみにフランスでは、ワインの原料として使える品種、さらにはクローンを登録して、それらの苗木をワイン生産者やブドウ生産者までいきわたらせるサプライチェーンが確立されています。